あるゲイのサワライ マモル。

社会人3年目、あてどなく東京

74、 難読駅名おばあちゃん

嘘の多い人生を送ってきました。


「彼女いないの?」とか「どういう女の子がタイプ?」などと訊かれると、女性が恋愛対象でないので返事に困ります。
そして、なんだか謎に、「交際経験がないツマンナイヤツ」と思われたくないプライドも併せ持っているので、
「ちょっと前に別れたとこなんだよね」とか
「なんだかんだで結局石原さとみかな!」などと
口から出任せを吐く。

ゲイであることをずっと隠してきました。

理性の強い、マジメで優しい少年時代だったものですから、
「男と女が結婚して、子どもを作って、シアワセな家族になる」
というゴール設定が、なんとなく絶対っぽいな~こうならなきゃな~と思い込んでいたことが大きな理由だと思います。


会社とか、マジでやばいです。
結婚をゴールに据えてる感MAX。
もうすぐ平成終わるんじゃなかったの?旧石器時代ですか?みたいな。

まあ実体験としての観測範囲が、新卒から3年ほど勤めているメーカーの男ばかりの開発の職場だから、というのもあるかもしれません。
それにしたって風俗の武勇伝とか合コンで出会った女の子の悪口とかを、コミュニケーションツールにされても本当に困るし、ていうかもう嘘をつくのがイヤになりました。

優秀なスパイ、とかではまったくないので、自分が言った嘘がこの先不自然にならないかを気にしたり、何気なく言った偽りの設定を記憶して一貫性を保ったりすることは、けっこう難しいし本当に疲れるし、むなしいです。

 

3年前の、就職して上京した夏、頭が爆発しそうでした。

家族にはもちろん言ったことがないし、友達にも言ったことがありませんでした。
相談相手がいない状況で、これから何十年と働き続けられるだろうか。
押し寄せる不安。
そんな中で命からがらたどり着いた1週間の夏休み。
現実逃避だ。自分探しだ。北へ一人旅をしました。

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一応観光地を調べて行きましたが、それほど旅程をつめこまず、疲れたら街のショッピングモールのフードコートで休憩したりするなど、徹底的にゆるやかさを心がけました。
ぼ~っと、聞き慣れない方言に耳を傾けながら、「ここにいる人たちにとったら自分は全く無関係で、とるに足らない存在なんだな~」と思うと、なんだか開放感がありました。
行ったことのない遠く離れた土地にも、たくさんの人が暮らしているんだなあ、という当たり前のことが、何気に発見でした。


旅の最後の日、海沿いを走る列車に乗りました。
海岸線を切り取る車窓は開け放たれ、ディーゼルエンジンの爆音とともに心地よい風が流れ込みます。
たまにとまる無人駅の駅名はどれも難読で、いちいち面白い。
ひときわ難しい漢字の連なる駅で乗ってきたおばあちゃんが席の近くに来たので、リュックをどけてスペースをあけました。
「東京から来たのか?」という旨のことを方言で話しかけられたと思います。
え、なにこれ、ドラマの一人旅のシーンっぽすぎる!と興奮しました。
同時に、知らない人とのコミュニケーション、苦手すぎるので、正直もう緊張でなんかよく覚えていません。笑
一人旅プレイの感が最高潮に達した瞬間だったことは確かです。


誰かに、相談してみよう。ダメかもしれないけど、話してみたら何か変わるかもしれない。
自分探しという目標は、そんなおいそれと叶うものではもちろんありませんでしたが、何かぼんやりとした、「大丈夫かも?」というわずかなゆとりが持てた旅でした。

振り返ると、この旅がけっこう転機だったように感じます。

 

その夏休み明けの技術の研修で知り合った、社内の別部署の先輩となんやかんやで仲良くなり、なんやかんやでカミングアウトし、色々と話を聞いてもらえる関係になりました。

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また、それから少しして、大学時代の友達の上京組メンバーで飲み会があった時に、思い切って事情を話してみました。
「ちょっと色々悩む時もあるから、たまにこうやって会って話を聞いてもらえないかな?」と。
すると、「なに水くせえこと言ってんでぇい、このスットコドッコイ!!これからもズッ友だよっ!!!」というようなニュアンスのことをみんなで言ってくれて迎えてくれて、なんなら新宿勤めの友人が行ったことのある二丁目のゲイバーにみんなで流れ込む、というなんともコペルニクス的転回となりました。

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以来、普段の職場でため込む愚痴や、嘘をついた虚無感などをたまに人に聞いてもらう、という習慣ができました。
あと、書くブログの愚痴っぽさも増した気がします。笑
そうやってガス抜きができるようになってどうにかこうにか、頭も爆発せずにすみまして、社会人生活を3年ほど送らせていただいておる次第です。


「ひと様にはとてもじゃあないけど、言えやしないよ~!」という自分のモヤモヤのことを、ひっそり知っていてくれる人がいるのって、とても心強いです。

たいそうな悩みごとも、他人の視点で見ると些細なことだと思いなおせるかもしれないし、何かムカついた時に、ヨッシャここは今度みんなに面白おかしく話して茶化してやるぞ、と踏ん張れるかもしれない。
何かしらの駆け込み寺があると、余裕が生まれるなあと思います。

 

ちなみに、働く職場の身近すぎる人や、家族なんかに自分のセクシャリティーを公表することは、今でも到底考えられませんし、だれかれ構わずカミングアウトすることが正解なのかはよくわかりません。

今でもどうしても嘘、バンバンついてしまいます。ごめんなさい。
防衛本能というか、脊髄反射というか、脳みそを経由せずに発動してしまう時がどうしてもあるんです。


でもこれってセクシャリティーとかに限った話じゃないかもしれません。
一緒に働く人には言えないことって、色々くさるほどありませんか?
そういうことって、別のコミュニティーで発散したり、ツイッターやブログに垂れ流してみたりして、なんやかんやで成仏させていったらいいんじゃないかな~。要はバランスが取れたらいいんだと思います。

特にブログに愚痴を書くことの効能、とても感じているここ数年。
ムカついた出来事を、自分なりに滑稽に表現できた時や、悲しかったことの何がイヤだったのかを書いている最中に客観的にとらえて腑に落ちる時、ブログは武器だと感じます。

 

社会が、色んなものに対してもうちょっと、寛容になってくれるのを待っています。

その間、嘘をつくことをお許しください。
友達と、悪口を楽しむことをお許しください。
ネットに、悪意を放つことをお許しください。

母なるインターネットの海は、さほど汚染されることもなく、
きっと今日も、ふところが深い。

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