あるゲイのサワライ マモル。

東京、会社員、ゲイ

29、今年の感想文、今年のうちに

今週のお題「年内にやっておきたいこと」

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せっかくブログをやっているんだから、読んだ本の感想を記録しておきたい、と前々から思っていた。

しかし、感想を書きたくなるほど素敵な本に対して、自分のとっ散らかった残念な文章をあてがうのもいかがなものか…ていうかちゃんと感想文書くのはめんどくさいし…などと言い訳をしては先延ばしにしてきた。

そんなところに出会った、「これは何が何でも感想を書かなくては!」と思った一冊の本。加えて今週のお題「年内にやり残したこと」。

sawaraimamoru.hatenablog.com

昔から感想文苦手なんだけど最近読書にハマっていて~、とブログに書いたばかりだし、ちょっと挑戦してみようかな!

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読んだ本:
「名前も呼べない」
伊藤朱里 著
筑摩書房

www.amazon.co.jp

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世間の常識を、うっとうしく感じることがよくある。

「会社員になったからには、早く結婚して子どもを作るべき」だとか、
「彼女がいない男は合コンに行きたいはず」だとか、
多くの男性が分かち合う価値観を、ゲイである私は共有できない。

もちろんゲイでないストレートの人が結婚をプレッシャーに感じることもあるだろう。「料理のできない女はダメ」とか「男は泣くな」なんて古いタイプの考えもまだまだ根強かったりして、多くの人が、世の常識に息苦しさを覚える場面に出くわすと思う。

そういう時私は、自分だけが黙ってこのモヤモヤを飲み込めば、その場は何事もなく済むのだからと、周りに調子を合わせてしまう。口には出さないけど、気にしていないわけじゃない。すると少しずつ心の中に何かが沈殿していき、一定量が積もってからやっと、それはハッキリとつらい感情になる。


「名前も呼べない」の主人公・恵那も、周囲の当たり前に疑問を感じつつ、曖昧に笑って誤魔化すことに精いっぱいだ。
社交的ではないが、元職場の暗黙のルールには律儀に則って女子会を主催し、退職者へのプレゼントの用意なんかもしっかりとこなしてきた。自分が見送られる側になった最後の女子会でも、周知のサプライズプレゼント演出にきっちり対応し、ためらいながら流行りの入浴剤を受け取る。湯舟に浸かる習慣がないのに、冗談でも口に出せない。そんな彼女に、私は好感を持った。

最後の女子会で、恵那は、恋人に二人目の子供が生まれたことを知る。
契約社員として入社してすぐ、どちらからともなく始まった不倫関係だったが、次第に連絡は途絶えがちになり、二年半の期間満了の頃にはふっつり会う機会もなくなっていた。
三か月の間を置いて開催された送別女子会で間接的に知ることになったその事実を、恋人にメールで確かめ、ようやく終わりを意識した。

自分のことなのに、どこか他人事のような恵那の代わりに、機関銃のごとく怒りを表現するのは、彼女の唯一の親友・メリッサだ。典型的なゴスロリファッションで女装をする、その男声の持ち主に対してだけ、恵那は弱音を吐くことができる。

 

「最初からやんなければよかったって言われたら、その通りなんだけどね」
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本来なら、私のほうが拒むべきだったのだろう。
でも、あの人が私の前でだけ、仮面を脱ぐとまではいかなくても、ぴったりとその顔を覆う、家庭人とか職業人とか、様々なレッテルの隙間から一瞬だけ素顔を覗かせ、息をついて、またあるべき所に戻っていく、その様子を見ると、単純に世間体を気にして拒否するのが正しいとは、どうしても思えなかった。
少し休んでもらう役割をしたいと、それでいいと思っていた。あの人の帰る場所を壊したり、邪魔をしたりする気にはなれなかった。むしろ応援しているような気持ちでいた。
*****
「ねえ、私、どうしたらよかったんだろう?」

 

そんな恵那の心からの問いかけに、答えなんてあるのだろうか。
「いるだけでずーっと説明を求められる」から言語化が得意な頭のいいメリッサでも、答えてくれなかった場面が印象に残る。

 

料理をしない恵那の住まいの、ほとんど何もない流しの下には、梅酒の浸かった大きな瓶がある。琥珀色の液体から小さな球体が息苦しげに青い肌を覗かせているという描写が、不気味なのに美しいと思う。
距離ができていく直前に、恋人の指導のもと一緒に作った。
「最低でも一年は寝かせないと」と言う恋人に「待ちきれない」と言いながらも、一年は一緒にいてくれるつもりなのだと信じた恵那。そして今も信じたがっている自分に苦笑する恵那は、とても健気で、危うい。
その恋人の残していった梅酒の大瓶を、時折引っ張り出しては中身をのぞき込む。すると、まるで預言者が水晶玉に未来を見出すように、恋人の家庭の様子が、瓶の中で幻の像を結ぶのだ。

琥珀色の中に映るのは元職場の宝田主任と、妻の亮子さんの家。実は他ならぬ宝田主任の紹介で亮子さんのピアノ教室に通っていた恵那は、二人の家に行ったことすらあるのに、淡々と客観的に梅酒の瓶を眺める。
そんな恵那がクライマックスにかけて、感情をむき出しにしていく過程が、すごい熱量で書かれていく。
自己中心的な、そこらへんの愛人にはなりたくないと言っていた恵那が、恋人に電話で思いの丈をぶちまけるラストに、私は解放を感じた。

 

常識ってなんだろう?
○○してはいけない、とか、○○なはずだ、とか、なんだろう?
「ねえ、私、どうしたらよかったんだろう?」


たぶん、答えはない。
でも、私は最後に、恵那が進み始める微かな希望が見えた気がする。
「あんな一生涯が砕け散るような遣り取りがあっても、充電は爆発したり磨り減ったりなくなったりはせず、減る分は減って残る分は残るのだ。」

 

大丈夫。まだもうちょっと、進んでみよう。

 


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「何者」など、価値観のどんでん返しが得意な朝井リョウさんオススメということで、手にとってみた第31回太宰治賞受賞作。上記のように長々と書いてしまいましたが、この本には大きな仕掛けがあって、実際に本を読まなきゃ絶対に味わえないので、是非読んでみてほしい!!飛び出す絵本とか、そういう仕掛けじゃないよ!とにかく読んでくれ!伊藤さんは朝井加藤オールナイトニッポンパトロンということで、個人的に目が離せない!