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あるゲイのサワライ マモル。

社会人2年目、慣れない東京

57、「怒り」にゆれる喜び

映画「怒り」を観てきました。

www.ikari-movie.com


ある残忍な殺人事件の容疑者が、顔を変えて逃走中の日本。
東京、千葉、沖縄の3つの舞台にそれぞれ、素性の知れない謎の男性が現れます。
そんな男と近づくのは危ない、なんて明白だけど、心の葛藤を内に秘めた登場人物たちが何かに惹かれ心を通い合わせていく、という共通の道を3つの物語がたどります。

よくわからない部外者にだからこそ、さらけ出せる本当のことがある。
こんな自分を信じてくれたこと、教えてくれたこと、全てを大切にしたいと思う。

でも。もし、殺人犯だったら?
事情があって言えない過去、信じたいあの人がひた隠しにする大切なもの、それを信じてあげたい。
でも。もし、殺人を犯したという過去だったら?

大切なことを教えてくれたこの人を、本当に信じていいんだろうか。

そんな疑心暗鬼をテーマに、豪華俳優陣が極限の繊細な演技で表現する映画でした。

 

場面が交互に切り替わりながら、並列で物語が進んでいきますが、3か所の登場人物の間で接触は一切ありません。
しかし、別々の場所の別々の人の感情のゆれ動きが、ところどころリンクして進んでいくので、自然な流れがあるし、というかむしろ3つの場面が次々と展開されることで加速して、ストーリーが出来上がっていきます。
3つの映画を観たようなボリュームがありつつも、やっぱり1つの完成された作品なんだと思いました。

 

個人的には、3つの舞台の中で東京編への思い入れがやはり強いです。
妻夫木聡演じるゲイが、素性のわからない綾野剛とカラダの関係から恋人になっていく話。

これってやっぱり、現代日本の、ゲイの匿名性みたいなものが、「怒り」の物語を成立させるのにとても都合のいい装置というか、親和性が高いってことなんだよなあとしみじみ思いました。

サワライはめちゃくちゃ貞操観念が保守的なので、見ず知らずの人同士でいきなりハッテン場でセックスから入る、ってもう全然想像できないんですけど、そこまでいかなくても合コンとかアプリで出会うゲイの本名なんて、まずわからないです。自分も適当なニックネームしか言わないし。

ある意味、相手の得体が知れなくて当然なんですよね、ゲイの出会いって。少なくとも日本の現状では。

そんな緊張感のある最初の出会いから、自分のことを話して、相手のことを聞いて、って交流していくと、ちょっとでも共通項がある時にめちゃくちゃうれしいんですよ。めちゃくちゃホッとするんですよ。
そして逆に、いくらでも消えられます。アプリのメッセージが途切れてしまえば簡単に会えなくなったりもします。

風が吹けば飛ばされそうなつながりから、始めなくてはいけない。
だからこそ本物にめぐりあえたとしたら、それは尊い。
信じる力と、誠意が試されている気がします。
疑り深くて自分本位なサワライは、どう振る舞えばいいのかいまだによくわかっていません。

わからない。わからない。
わからないけど、だけどきっと、恋人ができたら。
想像がつかないほど心がゆれるんだろうなあ。
それは傷つくことかもしれないし、幸福を感じることかもしれない。
かき乱されるんだろうなあ。よくわからないけど。

 

そう、「怒り」を観ると感情が揺さぶられます。
それもとても苦しくなる揺れ方。体力が消耗する、そういう種類の感じ方。

仮に登場人物の、一見して自分とは別世界だと思うような突飛な闇に放り込まれたとして、ああ、でも自分もきっとそうせざるを得ないかもしれない、と思う。
無関係なはずの、作り物の世界であるはずの画面の中で苦しむこの人のこの感情の動きは、確かに今、自分も一緒に体験している気持ちなのだと、そう信じさせてくれる作品に、自分はたくさん触れたくて、「怒り」は本当にそういう映画だったと思います。

 

原作の小説を読んでも思ったし、今回の映画ではさらに俳優さんの最高の演技(渡辺謙の語りの目の泳ぎ方、マジですごかった)、映像美(どこを切り取っても鮮やか)、音楽(坂本龍一だったっけな?)で、世界観がさらに広がって、追体験の度合いがものすごかった。めちゃくちゃ脳内に映像がこびりついて、情報が流れ込んで、家に帰ってもゆれっぱなし。というか、普通にズーンと気分が落ちた。それくらい疲れました。それくらい、動揺しました。本当にそれって、面白いものが観れてよかったなあということだと思います。
多分もっかい観に行きます。気合い入れてまた観に行く。
ちょっと、だいぶ大げさに書いているから、ハードル上げすぎていたらすみません。
※あくまで個人の意見ですからね!

 


ていうか書きながら、「それっぽいこと書き散らかしたかったけど、彼氏いないとなんにも説得力のない、中身のない、ペラペラなことしか言えないなあ…」ということに気づいてしまって、なんかもうすいません…って文章がガス欠を起こしました。無念。


そうですね。これは、マジでイケメンのかれぴっぴ出来てから「怒り」もう一度ちゃんと観たいです。ぜったいギャン泣きしてやる。映画に感動しながら自分たちの愛を再認識するという過程を経てやる。ギャン泣きできるほど信頼関係を築いたイケメン彼氏と一緒に「怒り」観て、燃え上って流れで激しく抱き合ってやる。って結局そこかい。


てゆーか、こういう深い愛情の物語ばっかり観て変に脳内の「恋愛」の定義がどんどん厳格になっていってしまって、どんどん恋愛のハードルが高くなっていってしまうのってけっこう問題な気がします。


小説や映画ばっかみてないで、さっさとその辺の男とセックスしちまった方がよっぽど自分のためになるんじゃないか、ってまじで時々思うようになりました。

まあでもこういう思考回路って、女子中学生とか女子高生が「クラスメイトのみんなは処女を早々と喪失していてアセっちゃうよ…けど大切な人にとっておきたいし…でも白馬の王子様なんて来るわけないし。やはりとっとと処女は捨てた方がいいのか…?」っていう感じで昔からよくあることだし、30代にもなって処女って変!?みたいなドラマも前にあった気がするし、別にそういう、高齢童貞の自虐でネタにして、というありきたりなものをするつもりはありません。
ただ単純に、もうそろそろいい人みつけてえよ、ってだけです。
ただ単純に、肋骨ボキボキに折れるまで力強く抱きしめられたい、ってだけです。
それだけの話です。

 

唐突に自分語り。

では。

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